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2023年10月5日

ジョン・ウィック:コンセクエンス

映画館でもらったステッカー

映画を見るおもしろさの一つとして、映像に映った〈物〉や〈身体〉の運動を“純粋に”楽しむということがある。とはいっても、その運動はおおまかに意味付けられた運動である。それは物語の中で何の役割を果たすかということで、たとえば、刑事が容疑者を追いかけて走るといった類いの運動である。だが、時に追いかける刑事の行く手を高速で走るトラックが横切り、容疑者を見失う。彼は悔し紛れに足元に転がっていたコーラの空き缶を踵で踏み潰した、とする。すると、最初の意味ある足の運動は別の運動によって中断され、そこに足による第二の運動が生まれる、というわけだ。第一の運動は刑事の行動を意味し、その第二の運動は刑事の心情を意味することになる。このようにして運動はさまざまに変化し、その意味も変化する。映画においてわれわれはそういった運動のネットワークを楽しむのだが、その運動はすべてが制御されたものでないどころか時に不確定な名付け難いものを生み出しもする…

『ジョン・ウィック:コンセクエンス』は過剰ともいえる多彩な武器と激しい身体アクションと巨大な環境ノイズによって編まれた運動の織物である。ジョン・ウィックたちが暴れ回るのに、ダンスホールの若者らはわれ関せずと言わんばかりに踊り狂うことを止めないし、パリの道路を行くクルマの群れは銃撃戦をものともせずブンブン走り回る。そう、われわれはいま運動のカオスに身を投じているのだ。そしてそこはアクションを愛でる者の楽園でもある。モンマルトルの丘に立つサクレ・クール寺院へ上る222段の階段にはパリ中の猛者たちがジョン・ウィックの命を狙って待ち構える。その階段を命懸けで戦い駆け上がる悦びにもまして、頂上に辿り着かんとした瞬間に転げ落ち、すべての努力が水泡に帰する時の失意の溜息には、映画のアクションを愛するゆえの至上の悦びが入り混じっている。なぜなら、誰もがジョン・ウィックはその階段を上ることを諦めない、ということを信じているからだ。

そんな映画的信仰に導かれ、モンマルトルの丘から眺める夜明けのなんと美しいことか!運動のカオスは一筋の光となって闘う者たちを照らし出すだろう。その壮大な夜明けの意味をでっかなスクリーンで噛み締めてほしい!