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2021年12月28日

テレーゼの記憶

Franz Kafka (1883−1924)

 あるとき、テレーゼが――カールは傍らに立って窓から通りを眺めていた――母親の死のことを話した。冬の夜だった。母に連れられ――そのときテレーゼは5歳ぐらいだったのだろう――たがいに包みをかかえて、寝ぐらを探していた。はじめ母親はテレーゼの手を引いていたが、その夜は吹雪いていて、前へ進むのも容易でない。手がしびれ、離ればなれになったが、母は後ろをふりむかない。テレーゼは必死に母親の上着の裾をつかんでいた。テレーゼは何度もよろけ、倒れもしたが、母はまるで気がふれたように歩き続ける。ニューヨークの長い、まっすぐな通りで吹雪に遭うとなると、酷いものだ!カールはまだニューヨークの冬を体験していなかった。風がまともに吹きつけてくる。グルグルまわって、目を開けていられない。たえまなく風が雪を叩きつけてくる。走るようにしても、ちっとも前に進まない。子どもは大人とくらべて、ちょっぴり有利だった。地面を這うようにして行けるし、それに子どもはなんだっておもしろがるものなのだ。そのときテレーゼは母親のことがよくわかっていなかった。良い子でいさえいれば、きっといいことがあると思っていた。玩是ない子どもであって、母親の切ない死のことなど、まるでわかっていなかった。母はそのとき、まる2日間というもの仕事にあぶれていて、小銭すらもっていなかった。その日、なにひとつ口にせずに歩きまわっていた。包みにはボロが入っているだけ。念じるような気持ちで、捨てずに持ち歩いていたのだろう。翌日には建築現場の仕事にありつける見込みがあったが、母はなんどとなくテレーゼに言った。せっかくの仕事だがダメになるかもしれない。もう死ぬほど疲れている。その朝、通りで血を吐いて、通行人を驚かした。ただ一つの願いは、どこか暖かいところで休むことだった。それがこの日、どこにも見つけられない。しばらく吹雪よけに休んでいたところは、管理人に追い出された。狭い、凍りついたような廊下を進み、階段を上がり下がりした。中庭を通り、どの家といわず戸を叩いたが、どこも開けてくれない。声もかけてくれない。通る人ごとに頼みまわった。一度か二度、母は息を切らして冷たい石段にうずくまり、テレーゼを招き寄せ、嫌がるのをかまわず痛いほどキスをした。それが後で、最後のキスだったと気がついた。目の見えない虫けらみたいだったのだろう。そんなこともわかっていなかった。開いたドアの前を通り過ぎることもあった。湿った空気が流れてきて、火事のときのような煙が立ちこめていた。戸口に姿が現われ、ドアいっぱいに立ちはだかった。次にはそっけなく断られた。いま思い返すとテレーゼには思い当たるのだ。はじめこそ母はほんとうにどこかで宿りを求めていたが、真夜中を過ぎた頃からは、誰に声をかけることもしなかった。にもかかわらず夜明けまで、ほんの少し休んでは、またもや歩き続けた。門が開いていて、鍵のかかっていないドアには人の気配があり、誰かしらがいた。歩くといっても、ろくに前へ進まない。ほんとうのところは這いまわっているようなものだった。真夜中から朝の5時まで、20軒の家の戸を叩いたのか、2軒だったのか、それとも1軒だったのか、テレーゼは覚えていない。土地を効率良く使うために、廊下がどこも同じにつくってあった。同じところをグルグルまわっているのだった。テレーゼがかすかに覚えているところでは、やっと辿り着いた戸口を過ぎると、また同じ戸口があって、その前に倒れこんだ。子どもには、むろん辛いだけで、わけがわからない。母に引っぱられたり、また逆に引っぱったりした。どこからもいたわりの声などかけられなかった。ただ一つだけ子ども心にわかったことは、母がどこかへ行ってしまいたがっていることだった。だからしっかり握っていた。母の手を握っているときも、もう一方の手で上着の裾をつかんでいた。ときどき叫んだ。置いてきぼりはイヤなのだ。ドタドタと階段を上がっていく人、姿は見えないが角の向こうから降りてくる人、小路のドアの前で口論していたのが、もつれあって部屋に転がりこんだりした。酔っぱらいが低い声でわめきながらうろついていた。そんな連中からすり抜けた。夜更けであって、誰も他人にかまわず、誰もうるさいことは言わないので、共同の宿泊所にまぎれこむこともできただろう。そんな施設の前を通り過ぎた。テレーゼにはわからなかった。母はもはや休もうとはしないのだ。夜明けがきた。美しい冬の朝のはじまり。二人は塀に寄りかかっていた。そこでたぶん、少し眠ったのだろう。目を開けたまま立っていただけかもしれない。テレーゼは自分の包みを失くしていた。不注意のお仕置きに、母親はぶつと言った。しかし、ぶたれた覚えはない。なにも感じなかった。それからまた歩きだした。通りに人の姿が見えてきた。塀沿いに行くと、一つの橋に来た。母は片手で手すりの浮彫りを撫でるようにして進み、ついに――あのときは夢中だった、いまとなっては吞みこめないのだが――母が翌日の仕事場と言っていた建築現場に来ていた。母は待っていろとも、どこかに行けとも言わなかった。テレーゼはそれを待つ指示だととった。いちばん、そうしたかったからだ。レンガの山にすわりこんだ。母が包みをひらき、色鮮やかな布切れをとりだして、スカーフの上から巻きつけるのを眺めていた。もう疲れ果てていて、母の手助けもできない。ふつうは現場の事務所に向かうか、誰かに声をかけるものだが、母はまるで与えられた仕事を知っているかのように、梯子を上りだした。下働きの者は、いつもは下で石灰を捏ねたり、レンガを手渡したりといった単純な仕事をするものだ。だから母が賃金の良い仕事にありついたのだと思って、半分ウトウトしながら、うれしそうに眺めていた。建物はまだ1階分ができただけだった。しかし、骨組みは高く組み上げられていた。板が打ちつけてないので、青空がのぞいている。レンガ職人がレンガを積んでいた。母は巧みにすり抜けていく。なぜか誰も声をかけない。母は用心深く板仕切りに手を伸ばした。テレーゼは夢うつつのなかで、母親の身軽さにびっくりした。母がこちらを優しく見つめているような気がした。レンガが積んであるところがあって、そこが行き止まりらしかった。母はかまわず上にあがった。とたんによろけ、レンガを越えて下に落ちた。続いてレンガが崩れた。さらに間をおいて大きな板が外れ、音を立てて落下してきた。最後にテレーゼが覚えているのは、両脚を伸ばして倒れている母親の姿だった。ポンメルンから持ってきた格子模様のスカートをはいていた。折れた板がかぶさるようにのっていた。まわりから走り寄る人々がいた。上の現場から、怒ったようなどなり声がした。

 テレーゼが話し終えたとき、ずいぶん夜が更けていた。いつもはそうでないのに、きちんと詳しく話した。板の打ちつけてない骨組みといったなんでもないところで、急に涙を流して、言葉をつまらせた。そのとき起きたことを10年経ってもまざまざと覚えていた。工事現場で見たのが母親の最後の思い出であって、やはり言い足りない気がして、話し終わった後、もう一度そのことに戻りかけたが、喉をつまらせ、両手に顔を伏せたまま、ひとことも言わなかった。


出典:フランツ・カフカ「失踪者」池内紀 訳、白水ブックス、2006年刊