2024年1月14日

フィルムグレインの意味

ファースト・カウ(2019年)

先日、ケリー・ライカートの「ファースト・カウ」を見たら、フィルムグレインがすごく良い感じに乗っていたので、あれってどういう意味があるんだろと、時々考える。フィルムグレインというのは、現像したフィルムに残る微細なノイズのことだ。この作品には「(伝統的な)映画らしさが欲しい」とか「昔の物語だから」という理由は間違いじゃないと思うが、その程度の説明では納得できない。

ネットで「(アニメの)高画質ディスクの映像にフィルムグレインなんか残すな。セル画にはそんなのないだろ?」というフィルムグレインへの批判的な意見も読んだ。でも、すべてがコントロールされた純粋なアニメーション映像ってどうなんだろ?という疑問も残る…

映画におけるノイズというのは、たぶん、それが〈現実〉の話じゃなくて〈虚構〉なんだということを示唆しているんじゃないか?映画館の〈現実〉の椅子に座って、さぁこれからスクリーンの中の〈虚構〉の世界を旅しますよ、という越境の合図みたいなもの。なにか、その場の「空気が違う」と感じることで、そこが〈虚構〉の世界であることを徐々に受け入れていくわけだ。

純粋な映像は、それだけでは〈現実の中にある映像〉あるいは〈映像という現実〉にすぎない。われわれの〈現実の視覚的意識〉をその場で〈虚構の視覚的意識〉へとシフトチェンジするには、ノイズの力が必要なのだと思う。